The Song of Inanna イナンナの歌

資料室

星の海に触れた女——ワレンチナ・テレシコワ、地球の外の三日間

1963年、26歳のワレンチナ・テレシコワはボストーク6号でひとり宇宙へ飛び、軌道上で70.8時間を過ごして地球を48周した。宇宙へ行った最初の女性である。無重力は、地球で育った体をどう書き換えるのか。彼女が舷窓越しに撮った大気の縁は、のちに大気エアロゾル研究のデータになった。

1963年、26歳のワレンチナ・テレシコワ(Valentina Tereshkova)は宇宙船ボストーク6号にひとりで乗って宇宙へ飛び、三日近くを地球の外で過ごしました。人類の歴史で初めて宇宙へ行った女性です。何十万年も地球の重力にかたちづくられてきた体で、彼女は無重力を、四十五分ごとの日の出と日の入りを身をもって経験し、舷窓越しに大気の縁を撮影しました。

スペイン語の記念ポスター。「6月16日、宇宙へ行った最初の女性!」という見出しと、CCCP のヘルメットをかぶったテレシコワのイラスト

一、星の海を見上げる

長い長い年月のあいだ、人は数えきれないほど星空を見上げてきました。

そのころ人々は固い地面に立って、またたく冷たい光を眺めていました。星の海の果てしなさを思い描き、月へ向かって空を飛んでいった嫦娥(じょうが)を、三日月を銀の弓に変えて野を駆ける狩りの女神アルテミスを想像しました。

古い神話のなかで、彼女たちは軽やかで自由な、大地に縛られない探求者でした。

けれど、どれほど壮大な空想を抱いても、地球に生まれたわたしたちは、いつも重力にしっかりと錨を下ろされています。

何十万年もの進化のなかで、人の骨も血も筋肉も、地球の重さに慣れきってしまいました。本当の宇宙とはどんなところなのか。地球で育った体が、ひとたび重さのない虚空へ放り出されたら、いったい何を経験するのか。

狩りの女神アルテミス。古典的な壁画風のイラストで、体を横に向けて長弓を引きしぼっている

二、重力の錨を外す

じつのところ、人の骨も筋肉も血も、耳の奥で体の平衡を保つ細い水の管でさえ、この岩の惑星の上で、何十万年という重力の引っぱりのなかで進化してきたものです。

わたしたちの肉体は、生まれつき地球の重力の刻印を帯びているのです。

そして1963年、26歳の宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワは、直径わずか二メートルあまりの球形の金属のカプセルに乗り込みました。

オレンジ色の宇宙服を着てヘルメットをかぶったテレシコワ

轟音とともにロケットが地球の引力を振り切ると、足もとの地球は少しずつ小さくなり、ついには果てしない黒い幕に浮かぶ青いビー玉になりました。

彼女はこれから地球の外で、ひとりきりで、まる三日を暮らすのです。

CCCP のヘルメットをかぶったテレシコワ。背後には青い地球と雲が広がり、画面に彼女の名前が大きく入っている

三、九十分ごとの日の出と日の入り

宇宙船が軌道に入ると、重さは一瞬で消えました。

無重力とは、軽やかでロマンチックな浮遊ではありません。激しい生理の組み換えです。体液は脚のほうへ引かれなくなり、頭へ押し寄せます。脳が「上下」を感じとるためのジャイロスコープはまったく働かなくなり、方向の感覚は虚空のなかでそのまま消し去られます。

けれど、それと引き換えにやってきたのは、このうえない光景でした。

テレシコワの宇宙船は時速二万キロあまりで地球のまわりを疾走し、およそ九十分で一周していました。

テレシコワが乗ったボストーク6号の帰還カプセル。展示されたカプセルのそばに、晩年の彼女が立っている

それはつまり、テレシコワのすぐそばの小さな舷窓の外で、四十五分ごとに壮大な日の出か日の入りが繰り広げられるということです。

巨大な大陸、深い海、渦を巻く台風の雲が、終わりのない大スクリーンの映画のように、彼女の目の前で何度も何度も繰り返し広がっていきました。

四、重さを失った「地球の日常」

宇宙で暮らすと、いちばん単純な生きるための常識さえ、ひっくり返ります。

どうやって食べるのか。ここではパンくずひとつあってはいけません。船内を飛びまわり、気管に吸い込まれれば命取りにさえなるからです。

彼女は歯みがき粉をしぼるように、アルミのチューブに入った特製の流動食を少しずつ口へしぼり出すしかありませんでした。

飛行中のテレシコワ。座席に体を預け、アルミのチューブ食を手に持っている

どうやって眠るのか。「横になる」という考え方も、ベッドもありません。眠ってから船内をあちこちぶつかって漂わないよう、体を座席にしっかり縛りつけなければなりませんでした。

白黒写真:係員に手伝われて宇宙服を着けるテレシコワ

では、女性に特有の生理の周期は? その後の長い宇宙飛行の歴史が示したのは、地球の重力のもとで進化した子宮が、無重力のなかでも変わらず、力強く、規則どおりに働きつづけるということでした。

本当の難しさは、全人類に共通のものです。重力にあらがう必要のない日々のなかで、骨のカルシウムはひそかに失われ、することのない筋肉はたちまち衰えていきます。

彼女の体は、人類の肉体を代表して、極限の真空のなかで、まったく新しい生存の法則を手探りで確かめていたのです。

白黒写真:訓練中のテレシコワ。輪のかたちをした訓練器具の横棒を両手で握っている

五、ひとりで深淵を見つめた記録者

70.8時間の旅のあいだに、テレシコワは地球を48周しました。

三日近くにわたる昼と夜の繰り返しのなかで、彼女はひるむことも、迷うこともありませんでした。片側にはまばゆく輝く母なる星、もう片側には底知れない宇宙の黒い幕。そのあいだでひとり、きわめて冷静に観測の任務をこなしていきました。

白黒写真:ヘルメットをかぶり、宇宙船の操縦席に座るテレシコワ

彼女はカメラを手にとり、厚いガラス越しに、地球の大気の縁を撮った貴重な写真をたくさん残しました。

鋭い観察の目で撮られたその写真は、のちに科学者たちが大気エアロゾルを研究するための重要なデータになりました。

テレシコワが撮った地球の大気の縁。黒い背景を明るい帯が斜めに横切り、余白にロシア文字の А と Б で二つの層が示されている

追伸:ついでに調べてみたのですが、アメリカで初めて宇宙へ行った女性宇宙飛行士は、1983年のサリー・ライド(Sally Ride)でした。

スペースシャトルの操縦室にいるサリー・ライド。まわりには計器やスイッチがびっしり並んでいる

画像の出典

この記事の画像は公開資料から整理したものです。冒頭のポスターは、1963年6月16日の飛行を記念して作られたスペイン語の記念ポスターです。アルテミスのイラストはギリシア神話を扱うウェブサイトのもので、そのサイトの透かしが残っています。オレンジ色の宇宙服を着たテレシコワの肖像と、飛行中にチューブ食を手にした場面は、宇宙飛行の資料サイト Spacefacts によるもので、画像にそのマークがあります。宇宙服を着けるところ、訓練中、操縦席の白黒写真は公開されている歴史写真で、名前の入ったバナー画像はネット上に出回っている宣伝用の画像です。ボストーク6号のカプセルのそばの写真は、カプセルが公開展示されたときに撮られたものです。大気の写真はテレシコワが飛行中に撮った原本の写真で、当時の印刷物から複写したものです。サリー・ライドの写真は、NASA が公開している1983年の STS-7 ミッションの写真です。

物語の背景

この記事は、オリジナル小説『ゴリアテ号が沈む前に』のための調査ノートで、シリーズ「女性と星の海」の三本目です。一本目はヘンリエッタ・リービット、二本目はアニー・ジャンプ・キャノンでした。リービットは星を測り、キャノンは星を拾い集めました。二人とも地上で、ガラス乾板の前で宇宙を読み解いたのです。テレシコワは、はじめて女性の体で地面を離れ、その星の海に触れにいきました。小説のケイビルの民は代々星のあいだをさすらい、自分たちの故郷を見たことがありません——そして人は、地球を離れてはじめて、地球の全体を目にするのです。この記事の中国語原文は触碰星海的女人にあります。

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